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ヒーローは分かりやすさを求められる。   No.38

 

善悪の境界線で物事の良し悪しを考えてこそ、より高い精度で善と悪が分けられると私は思う。

 

そして考える事で、社会は成熟するだろう。

 

しかし、残念ことに世の中は、分かり易い正義と悪を求めている。

 

娯楽であるドラマやアニメなどを例にとると分かり易い。

 

1.まず見た目で分かり易い。

 

特撮ヒーローなどは初見でどちらが正義の味方で、どちらが悪の組織かすぐにわかる。(私服で現地集合し、変身するのが正義の味方。顔がタコだったり、手がカニだったりすれば悪の組織である。レオタードの厚化粧のエロい女性も悪の組織

 

 

2.行動も分かり易い。

 

悪い奴は基本的に初期段階で弱い市民を狙う。

そしてその弱い市民を、自ら盾となり守るのが正義の味方である。

これは世界の支配をたくらむ悪の組織であっても例外ではない。(本来、世界の支配を狙うのであれば、市民を攻撃する行為はいただけない。なぜなら市民からの協力なくして支配は不可能だからだ。もし本気で悪の組織が世界の支配を考えるなら、攻撃するより金をばらまく方が効果的である。少なくとも私にはそうだ

 

また正義の味方が不倫をしたり、悪の組織がボランティア活動をしたりする場面がドラマやアニメではカットされている。理由は、見ている人間に正義の味方と悪の組織との違いを、分かり易く見せる為であると推察される。

 

 

3.結論が分かり易い。

 

内容をほとんど見なくても最後の結果だけ見れば、どちらが正義の味方で、どちらが悪の組織かはすぐに分かる。

最後にニコニコしている、もしくは若い女性に抱きつかれている方は正義。

死んだ方、もしくはロープか何かで拘束されている方が悪の組織だ。

 

稀に最終回などで正義の味方が死ぬ時もある。

しかし案ずる必要は無い。

その場合は悪の組織は先に全員死んでいるので、最後に生きている方が正義の味方と覚えれば良いだけだ。

 

このようにフィクションの世界では、善悪が分かり易く描かれることがほとんどである。

しかし現実の世の中では、正義と悪はドラマやアニメのようには分かり易くはない。

 

だからこそ、架空の世界では分かり易さを求めるのかもしれない。

 

しかし、私には世の中が考えることから逃げているように感じる。

結果、わかり辛い身近なヒーローに子供達が気づかなくなるのではないかと、今から危惧している。

 

少なくとも娘には、一番近くにいるヒーローの私に気づくように育って欲しい。

最近、私と妻が近づくと妻の方にしか目をやらない。

 

私が正義の味方だ。

 

悪の組織の方を見るんじゃない!

 

 

 

 


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