忘れ物   No.017 

私は子供の頃、忘れ物がひどかった。
小学生時代はよく忘れ物をし、先生に怒られたものだ。


クロネコ君、君は何でそんなに忘れ物が多いの?明日必要なものは、前の日にランドセルに入れておきなさい!」
→家に着いた時には、明日必要なものを忘れている。
→忘れ物をする。
→怒られる。

 

 「何が必要か忘れた?それなら明日必要なものをノートに書いておきなさい」
→必要なものをノートに書く。
→ノートを教室に忘れて帰宅。
→もちろん忘れ物をする。
→もちろん怒られる。

 

 「ノートを教室に忘れた?そんなに忘れるなら手に書いておきなさい」

→手のひらに明日必要のものを書く。
→手のひらなので洗えば消える。
→やはり忘れ物をする。
→やはり怒られる。

 

怒るのは、なにも先生だけではない。
母にも怒られた。


帰りのバスを待っている間、バス停のベンチにランドセルを置いて、友達とのおしゃべりに夢中になる。
バスが来ると、友達としゃべりながらバスに乗る。


ランドセルはベンチに置いたまま、バスに乗る。


私が座席の窓際に座るとバスは動き出した。

窓越しに、ぼんやりとバス停のベンチを見ると、私のランドセルがあるではないか。(当然の話だが)
動き始めるバスの窓から、ベンチに置き去りにされたランドセルを見るのは実に哀しいものだ。
私から遠ざかるランドセルを見て、泣きそうになる。
その時私にはランドセルも泣いているように見えた。

 

そういえば、昔付き合っていた女性との別れ際で同じ様な状況があった。
その時も私は泣きそうになった。(ランドセルと違い、女性はニコニコだったが)

 

家に帰り、事情を説明し母の車でバス停にもどる。
もちろん車の中で母に怒られた。

 

忘れ物が多い当時の私を見ていた、母や担任の先生はさぞかし心配したことだろう。
また忘れ物が多い子供を育てている親御さんや、教えている先生がたは現在心配している最中だと思う。
そのことを考えると、子供時代忘れ物が多かったにもかかわらず、今では立派人間に育った私の存在が、皆さんの希望となりえるのかもしれない。

 

人は成長するのだ。


その良い例が私である。


あれほど忘れ物が多かった私も、大人なってからはランドセルを忘れなくなった。