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やる気スイッチ No.51

 

ブログを中断する日々が続いて申し訳ございません。

 

別に特段の事情があった訳ではありません。

 

ただやる気が無かっただけです。(これ以上ない最低の理由)

 

自分の心の何処かにあるやる気スイッチを探して、ブログを早く書きたかったのですが、

 

 

 

やる気スイッチを探すやる気が起きなかった。

 

 

ごめんなさい。

 

 

 

 


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大人になると……  No.50

 

大人になれば、難しい本を読むようになると、漠然と思っていた。

しかし、大人になっても手に取る本は漫画が主である。

時々は小説も読むのだが、年々読みやすい本を選ぶようになった。

高校生の頃はメルヴィルの「白鯨」や、ドストエフスキーの「罪と罰」を読んだりもしていた。

だが今は、できる限り薄い本を選んで手に取る自分がいる。

 

 

音楽もそうだ。

歳を重ねると演歌や歌謡曲などを好むようになると思っていた。

だが、音楽の好みは若い頃とまるで変わらない。

 

また趣味だけではなく、立ち振る舞いや、人としての考え方も、大人になると変化すると思っていた。

たとえば、私は大人になると、自然と立派な人間になると勝手に思い込んでいた。

だが現実は違った。

高校生の頃と、ほとんど中身が変わっていない自分が今ここにいる。

 

気づけば高校生の頃の担任の年齢をすでに追い越している。

あの頃、担任は随分と大人に見えた。

しかし実際は、その頃の自分とそんなに中身は変わらなかったのかもしれない。

 

大人になって初めて、大人がそれほど人として優れていない事を知った。

 

でも、よく考えてみると、私の周りの大人はダメな奴ばかりだったではないか。

中学の教師には、その日の気分で怒鳴る奴や、簡単に生徒を殴る奴もいた。

町内の催しでは、酔っ払って暴れるオッサンも多かった。(内一人は私の父だ)

なぜこんなにダメな大人ばかり見てきたのに、大人になると立派な人間になると思ったのか不思議でたまらない。

 

子供は大人の背中を見て、大きくなるものである。

きっと私はダメな大人ばかりを見てきたのであろう。

立派な大人を見て、立派に成長できなかった点は残念だ。

しかし、立派な人間を見て、ダメな大人になるよりは、言い訳できる分救いがある。

 

 

 

 

 


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サスペンスドラマ No.49

 

サスペンスドラマを時々観ることがある。

始めは全部観るつもりがなくても、見始めるとつい最後まで観てしまいます。

 

でもあれ、似たような人間関係や展開が多いですよね。

 

よくありがちなものを書くと、

 

1.殺人事件の犯人は、物憂げな女性または優しそうな男性。(出演時間が短めの役に、不釣り合いな大物有名人が使われていた場合は、ほぼそいつが犯人) 

     
2.犯人は過去に誤って人を殺した事がある。


3.犯人が過去に殺人を犯した事を知る男Aが現れる。(男Aはだいたい見るからにガラの悪そうな奴)


4.過去の殺人をネタに、男Aは犯人を脅し金をせびる。

 

5.そして男Aは犯人に殺される。


6.なんやかんやで、警察か探偵か旅館の女将かタクシードライバーが殺人犯をつきとめて、事件は解決する。

 

こんな感じがとても多い。

 

それで観ていて言いたいことがあります。

 

それが上の4と5の過去の殺人をネタに、男Aは犯人を脅し金をせびる。そして男Aは犯人に殺される』の部分です。

 

殺人犯を脅したら、殺されるに決まっているのに………。

 

男Aは何故そんな簡単な事が解らないのか、いつも不思議に思います。

 

男Aの危機管理能力の無さに呆れてしまう。

 

その結果、私はどうしてもあの男Aの部分が納得できず、いつもあそこで一旦集中力が途切れるのです。

 

できれば製作者の方には、男Aの部分を変えて作っていただきたい。

 

これは私の強い願いです。

 

あともう一つだけ言いたい。

 

昔はよく冒頭で混浴の温泉のシーンがあり、そこに裸の若い女性が登場するシーンが多々あった。

 

あれを復活させて欲しい。

 

あれが復活するなら、男Aの話はどうでもいいです。我慢します

 

 

 

 


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ネット社会の闇  No.48

 

最近はネットで何でも買える世の中になった。

しかし便利になった反面、色々な問題も生じている。

最近の話では、通信販売の増加による配送の人手不足が挙げられる。

他にも同様の理由により、店舗販売が苦境に陥っている。

 

ネット社会は便利な反面、社会がそれに適応するまでには多くの痛みが伴う。

 

そして私もまた、便利になったネット社会の被害者の一人である。

 

 

以前宝くじを買って3000円程当てた話を、ブログに書いた記憶がぼんやりとあるが、あれ以来、私は宝くじの魅力にハマってしまった。

 

しかし、多忙な私には中々くじを買いに行く時間がない。

 

そんな時、私はネットで宝くじが買える事を知る。

 

それからというもの、私はネットでロト7を買い漁るようになった。

 

選ぶ番号をコンピューターが自動で選んでくれるシステムがあるので、簡単でついつい一度に大量に買っていた。

 

そしてその結果、私は今月のお小遣いを全て失ってしまった。(正確には財布に数10円残っている)

 

これは全てネットのせいだ。

 

ネットが無ければ、私は宝くじを買わなかっただろう。

 

ネットの便利さが、何の罪もない純真無垢な少年(そんな時代もありました)を傷つけたのだ。

 

皆さんも気を付けて欲しい。

 

便利なネット社会に潜む闇は、いつでも皆さんを狙っている。

 

私のようになってからでは遅いのだ。

 

恐るべし、ネットの闇。

 

 

 

来月はロト6にしようかな。

 

 

 

 

 


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「早い」が良いとは限らない  No.47

 

私は日頃から料理をする家事男子である。(オッサンを男子と言って良いものかは分からないが)

 

そんな私が日頃から重宝している物がある。

 

それは圧力鍋だ。

 

あれは本当に早くて便利で、一度圧力鍋で長時間かかる煮込み料理などを作ると、きっと手放せなくなるだろう。

 

私は初めて圧力鍋を使った時には感動すらした。

 

ちなみに、どのくらい早いかのかというと、

 

  • ふろふき大根なら13分(普通の鍋は30分)
  • 豚の角煮20分(普通の鍋は1時間)
  • いわしの甘露煮18分(普通の鍋は50分)

 

と驚くべき速さだ。※私の圧力鍋の場合です。製品によって時間が前後するかもしれませんのでご注意下さい。

 

しかもその出来は、普通の鍋より柔らかく味がしみていて美味しいのだ。

まさに言う事なしである。

 

ちなみに私が好きな圧力鍋の料理は、鶏手羽の甘辛煮である。

圧力鍋で作ると驚くほど柔らかく美味しく仕上がるので度々作っている。

 

こんなに圧力鍋の魅力を知り、尚且つ良く使っている私だが、圧力鍋で料理をする事が好きかというと、必ずしもそういう訳では無い。

 

圧力鍋は主に煮込み料理で使うのだが、調理する楽しさを普通の鍋より感じないのだ。

 

出来た時の出来栄えは、味、食感、調理時間の速さはいずれも、普通の鍋より遥かに圧力鍋の方が勝っている。

 

しかし、料理をしていて楽しいのは、普通の鍋なのだ。

 

料理を作る人には理解して頂けると思うが、時間がかかり、尚且つ美味しくない調理方法を好む事は異常である。

 

なぜなら料理を作る人間は早く美味しく作りたいし、何より作る相手に美味しく食べて頂きたいと考えているからだ。

 

では何故、私は早くて美味しい圧力鍋より、遅くて不味い普通の鍋での調理を好むのか?

 

私なりに考え、一つの答えにたどり着いた。

 

その答えは「待ち時間」である。

 

人は通常、待つ事が嫌いなもの。

 

私も勿論嫌いです。

しかし、煮込み料理場合は違います。

むしろ出来上がりを待つ時間が調理において、一番楽しい時間なのです。

 

どうしてそうなるのでしょうか?

 

それは、料理の場合、「待ち時間」=「待ちたくない時間」ではないからです。

料理の場合は「待ち時間」=「出来上がるのを楽しむ時間」になるのです。

 

コトコト煮込む間、鍋の中で素材が柔らかく、そして美味しくなっていく様子を傍らで待つ時間は、まさに至福の時間なのです。

 

これはきっと料理以外にも当てはまるのではないでしょうか。

 

生きていく中で「早い」「便利」は一見良いことのように感じます。

しかしもし貴方が、時間がかかる事や、不便な事の中に、楽しさや幸福感を見出す事ができたなら、時々は急がずに不便さを楽しむのも良いかもしれませんね。

 

職場では「早くて雑な仕事は誰でもできる。早くて丁寧な仕事をしろ!」などと罵声が飛びます。

 

そんな時でも私は、忙しさにかまけて仕事を楽しむ心を忘れたくはありません。

 

だから私はいつも、「遅くて雑な仕事」をするように心がけています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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スーパーマーケットでの気まずい場面    No.46

 

No.44でも少し触れたが、買い物に行くと、時々知り合いに会う事がある。

 

soranoie-1.hatenablog.jp

 

 

私はあれが本当に苦手だ。

 

私が先に気づいた時は、まず間違いなく相手に見つかる前に逃げる。

 

しかし、相手に先に気づかれると、もはや逃げようがない。

 

だいたいこの場合は軽く挨拶と短めの世間話をして、その場を離れることになる。

 

問題はこの後だ。

 

別れた後、お互い買い物をする為に思い思いの場所に散る。

 

そして、買い物をしながら、店内を動き回る。

 

そうすると結果的に、行く先々で再び出会うことになる。

 

これがとにかく気まずい。

 

一度話した後に別れているので、もはや話すことなど何もない。(私はできる限り早く買い物を終えたいので、そもそも最初から話したくはない)

 

こういう場合は、お互い社交辞令の笑顔と軽い会釈で済ませて、買い物を続けることになる。

 

の時の、わざとらしい作り笑顔と挨拶が本当に嫌いだ。

 

誤解のないように付け加えると、この「嫌い」は相手に対してでは無い

 

嫌いなのは、そのわざとらしい笑顔と挨拶を自分がしていることなのだ。

 

私のひきつった笑顔を他人に見られていると考えるだけで、気持ち悪くなる。

 

さらに最悪なのは、このあとにまた会うことだ。

 

 二度あることは三度ある。

 

こういう時は、「お前は私のストーカーか?」と言いたくなる。(おそらく相手も同じ気持ちだろう)

 

また、「さっさと買い物を済ませて帰れよ」とも言いたくなる。(間違いなく相手も同じ気持ちだろう)

 

こんな時は、また相手にひきつった笑顔を見せ、逃げるように私は立ち去るのだ。

 

 

 

 


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ギャンブラー友人A No.45

 

ギャンブラー友人A(以下友人A)「なぁ。俺、昨日ネットで競艇のことを調べていたら、ある大発見をしたんだ」

 

私「どんな発見?」

 

友人A「競艇で絶対に勝てる方法」

 

私「えっ、何?」

 

友人A「競艇で絶対に勝てる方法」

 

私「へぇー、そうなの?それは凄いねぇー」

 「どんな方法なの?」

 

友人A「方法は企業秘密で教えられないけど。確実に勝てる方法なんだ」

 

私「へぇー、そうなの?それは凄いねぇー」

 「で、今いくら勝ってるの?」

 

友人A「昨日発見したばかりだから、まだ試していないんだ」

 

私「へぇー、そうなんだ。じゃあ今日が楽しみだね」

 

友人A「そうなだよ、めちゃめちゃ楽しみ」

   「でも一つ問題があるんだ」

 

私「どんな問題?」

 

友人A「お金が…………ね」

 

私「はい?」

 

友人A「お金が無いんだ。頼む軍資金を貸してくれ。倍にして返すから」

 

私「いくら?」

 

友人A「10万円」

 

私「お前は馬鹿か。そんなに貸せるか」

 

友人A「それなら、8千円でいい」

 

(ずいぶん減ったな…………)

 

私「分かった。倍にして返せよ。約束だぞ」

 

友人A「ありがとう、恩に着る。必ず8千円は返すよ」

 

(あれ?倍は…………)

 

 

次の日 

 

 

私「よっ、友人A。昨日は勝てたか?」

 

友人A「おはよう。おかげで、いい勝負ができた」

 

私「それは良かった。で、いくら勝った?」

 

友人A「昨日はギリギリの戦いだったよ。君にも見せたかった」

 

私「そうなんだ。で、いくら勝ったの?」

 

友人A「2万8千円負けた」

 

私「はい?なに負けてんだよ。『絶対勝つ』って言ったじゃん」

 

(二万円が一体どこから現れたのか…………)

 

友人A「勝負に絶対はないから」

 

(『絶対』はお前が言い出したんだろ…………)

 

私「もう負けた事はどうでもいいから、ちゃんと金は払えよ」

 

友人A「済まなかった。必ず8千円は返すよ」

 

(あれ?倍の話は……)

 

 

数週間後

 

 

友人A「なぁ。俺、昨日ある大発見をしたんだ」

 

私「どんな発見?」

 

友人A「競馬で絶対に勝てる方法」

 

私「死ね」

 

 「いや待て、死ぬ前に金返せ。金を返してその後に、心置きなく死ね」

 

 

 

 

 

 

 


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