洋楽をよく聴く理由  No.077

 

私は邦楽より洋楽の方を聴くことが多い。

好きな邦楽もたくさんあるのだが、どうしても洋楽を聴く割合が多くなる。

 

洋楽を多く聴く理由は、メロディーや歌手の歌唱力が原因ではない。

 

詩が主な原因である。

 

邦楽の場合、曲が良くても詩が致命的にダサいことがある。

 

詩がダサいと聴くのが恥ずかしくなるし、ダウンロードする気も失せてしまう。

だから邦楽の場合、曲と詩の両方が良くないと聴かなくなるのだ。(この為私のスマートフォンに入っているのは、洋楽とクラシックが多い)

 

では洋楽の詩は良いのか?

 

洋楽は詩が良いからお前は聴いてんのか?

 

などと疑問が聞こえそうだが、別に洋楽の詩が邦楽より優れているわけではない。

 

というより、洋楽は何を言っているのかさっぱり分からん。

 

分からないから、純粋に曲の良さだけを楽しめるのだ。(詩の内容は調べれば分かるのだが、余程気に入らない限りは嫌いになりそうなので敢えて調べることはしない。以前、人生の哀しみを歌っているのだろうと思い聴いて曲を調べたら、恋の歌だったことがあった。それも割と痛い内容で、調べなければ良かったと後悔した経験がある)

 

まぁこんな理由で、私は邦楽より洋楽の方をよく聴くわけだ。

 

ちなみに邦楽で曲が良くて、詩が日本語にもかかわらず何を言っているのかさっぱり分からない歌がたまにある。(一見深い意味がありそうで、浅い意味すら無い詩のことだ。「辞書で難しい単語を一生懸命調べて並べただけ」みたいな詩のことだ)

 

 

 

これは、大好きです。

 

 

 

 


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ノンアルコールビール    No.076

 

日々の晩酌をやめてから(No.004参照)ノンアルコールビールを飲むことが増えた。

 

soranoie-1.hatenablog.jp

 

特に暑くて雲一つない天気だと、どうしてもビールを飲みたくなるので、その時にはノンアルコールビールを利用させて頂いている。

 

仕事帰りにコンビニで350mlのノンアルコールビールを一缶買い、家に帰ってグラスに注ぎ、さも本物のビールのように飲む。

 

飲み始めに「この1杯の為に今日頑張った」とか、途中で「少し酔っ払ってきたな」などとつぶやきながら飲むとより楽しめる。

 

そういえば私は子供の頃、これと似たようなことをやっていた。

10歳位の頃だったと思うが、私は学校から帰ると冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、グラスに注いで味わいながら飲んでいた。

 

それも大人がビールを飲む様子を真似て「ぷはぁ~、やっぱり仕事の後のビールは最高だな~」などとつぶやき一人で飲んでいたのだ。

 

今考えると、あの頃から私はたいして変わっていない。

 

えっ、ちょっと待てよ!

 

という事は、私は10歳の時にはすでに完成されていたことになるではないか!

 

子供の身体に大人の思考。

とんでもない天才だ。

まるで漫画の主人公みたいではないか。

 

やはり私は神童だったのか。

 

「やはり」というのは、実は私は自分で薄々気づいていたのだ。

 

ただ誰も何も言わないので確信が持てなかった。

 

世間の無関心が一人の天才の才能を埋もれさせてしまったのだ。

この代償はとてつもなく大きい。

 

もう取り返しはつかない。

 

もはや彼には、時間もやる気も無い。

 

 

 

 


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眠れない夜 No.075

 

小学校6年生の頃、私にはなかなか夜寝付けない時代があった。

その頃は夜の10時前には布団に入っていたが、寝付けるのはいつも午前2時から4時の間だった。

 

その時分は夜が来るのが怖かった。

このままでは私は死ぬのではないかと心配していたのだ。

眠れない恐怖の為、私は夜になると必死で眠ろうと頑張った。

 

そんな状態で眠れるわけがないのである。

 

眠ろうと焦れば焦るほど、頭は興奮し余計に眠れなくなるのは当然だが、まだ小学生の私はそんな事も分からなかった。

 

私は眠れない事を母に相談した。

 

母は私にこう言う。

 

「眠れないなら、勉強すれば?」

 

私は憤慨した。

 

何の問題も解決してないではないか。

眠れない苦痛に、勉強の苦痛がプラスされただけで、私には何のメリットも無いではないか。

 

一度はそんな誤ったアドバイスをした母だが、なかなか寝付けずにしだいに神経質になっていく私を見かねて、今度は有益なアドバイスをしてくれた。

 

このアドバイスが効いた。

 

母は私にこう言った。

 

「別に死なないから、気にするな」

 

母のこの簡単明瞭な一言で私は眠れない恐怖から解放され、心が楽になり、普通に眠れるようになったのだ。

 

 恐怖で眠れないなら、その恐怖を取り除けば眠れるようになる。

実に簡単な事だったのだ。

 

 

時は流れて現在。

 

 

夜眠れるが、朝起きれない。

 

 

 

 

 


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ご趣味は何ですか?   No.074

 

以前、職場の女性に「クロネコさん、趣味は何かありますか?」と聞かれた。

その時私は「趣味はたくさんあるよ」と答えた。

女性は「そうなんですか?私趣味が多い人好きなんです。ちなみにどんな趣味ですか?」とニコニコ顔で聞いてきた。

 

私も彼女につられてニコニコ顔で質問に答える。

 

「パチンコ、パチスロ、競馬に競艇……あと……」

 

私がそこまで話すと、彼女の顔から笑みが消え、彼女はそれ以上私と話すことは無かった。


彼女は絵に描いたようにドン引きしていた。

 

質問に答えた相手に対して失礼な態度だとその時は思ったが、私が逆の立場ならやはりドン引きしただろう。

 

今度から趣味を聞かれたら「ドライブ、ファッション、食べ歩き、お洒落なインテリア集め」と答えよう。

 


全部嘘だが、ドン引きされるよりはマシだ。

 

 

 


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冷静に、慎重に   No.073

 

夕方に少し遊んで帰ろうと場外舟券売り場へ。

 

時間的に3レースしか遊べないなと思っていたが、3レースを全てはずしてしまったところで私の気持ちは既に4レース目に向かっていた。

 

ギャンブルの怖いところは負けがこむと熱くなり冷静さを失うことだ。

最初は3レースと決めていたのに、3レース負けた頃にはもうその事を忘れている。(これと同様に使う金額を事前に決めていても、中々その通りにできない事が多い)

 

冷静さを失った私は、負けを全て取り戻すべく4レース目に挑んだ。

賭ける額も1~3レース目の5倍をつぎ込む。

結局4レース目もはずし、負債を大きくして帰宅した。

 

よくよく考えてみると、取り戻そうとして実際に取り戻せた事はほとんどない。

ほとんどは今日と同様に負債を大きくする事ばかりだ。

冷静さを失った人間が勝てるほどギャンブルは甘くはない。(1~3レースは冷静さを保って負けたが……)

 

くそ、4レース目は当たればその日の負債を全て取り戻せるように計算して賭けたのに、熱くなりはずれて負債が大きくなることを計算し忘れた

 

もっと冷静にそして慎重に挑まなくてはならない。

 

でもまあ、冷静で慎重な人間はそもそもギャンブルをしないか。

 

 

 

 


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ティッシュ、最後の一枚   No.072

 

我が家では、各部屋ごとにBOXティッシュを置いている。

BOXティッシュは空になったら新しいBOXティッシュと交換するので、おのずと最後の一枚を取った人が空の箱を片付け、新しいBOXティッシュを持ってくることになる。

 

交換するのは私か妻である。(我が家にはもう一人娘がいるが、彼女はまだ5ヶ月なのでティッシュ交換業務を特別に免除している)

 

私と妻のティッシュ使用量はそんなに変わらないので、普通に考えると私と妻がティッシュを交換する頻度はだいたい同じのはずだ。

しかし最近なぜか私ばかりが最後の一枚にあたってしまう。

 

初めはただの偶然と思っていた。

たまたま私が最後の一枚を取り、それがたまたま続いているだけだと。

 

だがある時、私はそれが意図的に仕組まれていたものだと気づいてしまった。

それは私が何気にティッシュを取ろうとした時のことだ。

 

ティッシュは最後の一枚だった。

 

そして、そのティッシュ明らかに不自然な形で箱に押し込められていた

 

その時私はこの恐ろしい(くだらない)事件の全貌に気づいてしまった。

 

要するにこうだ。

 

妻がティッシュを取る

→そのティッシュが最後の一枚

→新しいのに交換するのが面倒くさい

→最後の一枚を箱に戻す

→何も知らない夫(私)が最後の一枚を取る

→何も知らない夫(私)が交換する

 

酷い話だ。

 

 

私は怒りに震え、そのことを妻に注意した。

 

 

何が楽しいのか分からないが、妻はめっちゃ笑ってた。

 

 

 

 


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若い世代の活躍 No.071

 

最近スポーツや将棋で若い世代の活躍をよく耳にする。

それも13歳とか14歳のまだ子供の活躍である。

 

そういったニュースを聞くと、とても嬉しくまた頼もしくも感じるのだが、同時に自分の子供時代と比較し少し悲しい気持ちにもなる。

 

活躍している彼らは、幼少期から一つのことに真剣に向き合いその実力を高めていったに違いない。

 

一方で私は、30歳過ぎて未だ一つのことに真剣に向き合ったことがない。

 

それが神童と呼ばれる子供と、周りに心配と言われるオッサンとの差なのだろう。

 

恐らく私の様な人間はたとえ人生をやり直したとしても、再び堕落した生活を繰り返すだけであろう。(今の記憶はそのままで過去に戻れたとしても、努力など全くせず、記憶を頼りに競馬や競艇で金を稼ぐくらいしか多分しない)

 

まぁでも悪いのは私ではない。

 

全部、遺伝子のせいだから。

 

むしろ私は被害者である。

 

 

 

 


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